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ガールズオンエアーが閉鎖します

ライブチャットサイトでは最も古くから営業しているサイトといえますガールズオンエアー(GOA)が2008年の8月31日をもちまして閉鎖することになりました。
系列のAcamも同時に閉鎖します。
final1.jpg

私の記憶ですと2001年から稼動していたはずですので実に7年近く営業していたことになりますね。
詳しい事情までは分かりませんがどうもお疲れ様でした。
お疲れ様でした、と言うことのできる余裕のある閉鎖のしかたができることは大事だと思います。

GOAはどのような事情があったのか分かりませんがパフォの分給が他所のサイトより安い状態がずっと続いていました。
そのためパフォがどんどん他所のサイトに流れていってしまって稼働率が低くなってしまいましたね。
サイトを運営するためには設備投資やランニングコストなどもかかりますから、分給を高くしてパフォを稼動させてサイトを流行らせるだけの効果を見積もれなかったのだと思います。
その結果、これ以上サイトを存続させても利益が見込めなくなってしまったのでしょうね。

今ではライブチャットといいますとパフォは常にカメラ目線で待機していて、いつでもお客サマである会員サンがドナってきてくれてもいいように愛想振りまいているのが普通です。
これがライブチャットがフーゾク営業ですとか水商売などとよく比べられる理由かもしれません。

ですが発足当初のGOAはそのような雰囲気ではありませんでした。
『ライブチャット』という言葉自体がありませんでしたし、パフォもどのように待機していたらよいか皆模索している状態でした。
ですのでパフォもパソコンの前に居座っていることはなく自分のお部屋を公開しているだけで普通にいろいろな家事をこなしたり娯楽にふけっていましたね(笑
待機音声が流れていた時代はパフォみんなでカラオケ大会に興じていたこともありました。
もちろんチャット機能はあったのですが、ドナってチャットしてくる会員サンはとても少なかったです。
誰かがドナられる度にある場所で大騒ぎになったりしてました。2ショットになろうものなら大変です。
(当初はパーティチャットが基本だったのよ。2ショットは追加料金が必要でした。)
このような経緯がありますのでベテランのGOAパフォさんの仲間意識はとても高かったりします。

それが今日のようなライブチャットのスタイルに定着したのはやはりホステス経験のある人の参入だと思います。
いわゆる『営業』行為をするようになって男性を接待することがお金になるということがインターネット上でも可能ということが周知されました。
そこからパフォもお客サマを意識したサービスをするようになってライブチャットというものがブレイクしていったのだと思います。

ですがサービスをする以上は当然対価というものを意識しますから、より高い報酬が期待できるサイトがあればそこに移ってしまうことを引き止めることもできなくなってしまいますよね。
GOAでもまれたパフォさんはどこのサイトに移っても通用しています。
大手のノンアダルトサイトでトップパフォとして頑張っている方でGOA出身の方は多いですよね。

ライブチャットというものがビジネスモデルとして成立することをいろいろな見地から証明してみせたということでGOAというサイトは凄いと私は思っています。
残念ながら競争に勝ち残っていけなかったのかもしれませんが、私はGOAというサイトを忘れないと思います。

エンジェルキッスが閉鎖しました

私の知る限りでは2003年から稼動していたと思うのですが、3月28日の17時に閉鎖しました。
angelkiss

元々ノンアダルトサイトだったのですが、ある日突然ミックスサイトになってしまってびっくりしたので私はそのときにパフォのIDを停止しちゃいました。
ですのでこのたびの事情はよく分かりません。

系列の他のサイトは変わらず稼動していますのでそちらに移行するのでしょうか?
ミックスサイトと言いましてもアダルト色の強いところばかりになってしまいましたので、なかなか特色を打ち出すのが難しくなっていますね。

2007年

2007年。ひと言で申しますとライブチャットのブームは終わっちゃったかなぁ、ということを感じさせる年でしたね。

一番大きな出来事といえばレモンが閉鎖してしまったことかしら?
でもレモンのドメインは残っていますのでいずれまた新しいサービスを始めるかもしれませんね。
同じ系列のプレイガールもショーガールに統一されましたがセカンドハウスと共に頑張って残っています。

新規にオープンしたサイトもいくつかありましたがほとんど軌道に乗ることはありませんでした。
なんとかやってるのかな?と思えるのはバナナハートくらいかしら?
私自身、正式に登録したサイトはひとつもありませんでした。

理由として考えられるのはマンネリ化だと思います。
新しくオープンするサイトはあってもライブチャットのシステムそのものは何も新しくありません。
出来合いのシステムを導入してデザインを少し変えてあるだけですのでチャットが始まってしまえば以前からあるサイトと何も変わらないのです。
そして以前からあるサイトも何か新しいことをしたのかと言いますと何もありません。
ですので人気のあるパフォを多く抱えているサイトでないと会員サンに飽きられて廃れていってしまいましたね。
特にノンアダルトで大手サイトとそれ以外のサイトとで流行り具合に大きく差がついてしまいました。

この影響で売れるパフォと売れないパフォとの差が極端になってきたように感じます。
まずマイク顔出しは当たり前に必要となりました。
この2つの条件を満たしていないと待機が長くなってもしかたがありません。
アダルトで待機で顔出しするのは非常に抵抗があるのですが、顔を出さずにどんなに挑発しても難しかったですねぇ。

そして江口会員が増えましたぁ。
普通のサービスではもう飽きてしまったのかもしれませんね。
ノンアダでもアダルトでも会員サンの要求はどんどん過激になってきてしまいました。
サイトが会員サンを飽きさせない何か新しいものを導入してくれませんからパフォが何か考えてその要求に替わるものを提供できないとお客サマを引き止めておけなくなりました。
それができる人とできない人とで大きく変わってきてしまっていますね。

キャバクラのようなところでも同じでした。
当たり前のことをしているだけではすぐにお客サマに飽きられてしまいます。
常にお客サマが今まで味わったことのない価値を提供することを考えて実行していかなくては生き残っていけません。
外から誰か何かしてくれるのを期待してはいけないということはどんなお仕事でも同じことのようですね。
今まではブームに乗って誰でもそれなりに稼げていたかもしれませんがこれからは商売としてやることをきちんとやっていかないといけなくなりそうです。
私自身はそれが悪いコトとは思っていませんけど。 

2006年

激動の年でしたね。
まず大きな合併が2件。
マイライブがライブでチャットに、一本道ガールがEXショットにほぼ同時期に吸収されました。

わりと新機軸で売り出していたサイトだったエアライブ、クラブライブチャットが年末に閉鎖しました。
そして忘れようにも忘れられないF-LIVEの夜逃げともいえるような閉鎖。

業界再編製とも言える様な動きでした。
特にノンアダルトでは大手のしのぎ合いになってきましたね。イベント合戦が凄かったです。
とにかく登録パフォを増やそうというキャンペーンが凄かったですね。
合言葉は『女の子1万人』
掛け持ちの許容を明示したり、分給は60円以上が当たり前となりました。
そのせいか、大手サイトではピーク時にインしているパフォは200人を超えるようになりました。

そのためかどうか分かりませんが、ミックスサイトがアダルト一本にシフトしてきました。
現在ノンアダルトとアダルトとしっかり分けているのってDMMくらいでしょうか?
消費ポイント据え置きでアダルトに移行してるので割安となっており、中にはノンアダルトと同じ料金のアダルトサイトもあります。
うーん。ノンアダルトの会員さんがさらに江口な行動をとるようになってきたのはこのあたりに原因があるのかなぁ?
2007年にもこの動きは続いています。

新しいサイトもたくさんオープンしましたが、生き残る気配がありそうなサイトは・・・?

今後国内の低価格アダルトサイトが増えてくることに対してどのような影響が出てくるかが分からないです。
ノンアダルトサイトとしては差別化を図らないと競争できませんよね。
値下げしようにも還元率がいきつくところまでいってしまってますから、パーティチャットに限定してポイントを下げたりとかするのでしょうか?
そのためにコンパチャットシステムを導入するサイトが増えたりして?
別の動きとして、かつてエアライブが試みた大画面化を採り入れようとする動きがありますね。
うーん。もうスッピンではインできなくなるかもしれないです・・・

2005年

オープンラッシュが続き、過渡競争になっていきます。第2次のピークだったかな。
でも今でも残っているサイトってどのくらいあるんだろう・・・
大手と言えるまでになったのはDMMくらいだと思います。初めはアダルト一本でしたが、二本立てにしてプロの女優さんやモデルさんがスポット出演するようになってから軌道にのりましたね。

待機画面やチャット画面の画質もグンと上がりました。パフォからは反論の声が殺到しましたけどね。
その反動でイベントを行うとパフォや会員が殺到してサイトが落ちちゃうことがよくありました。
完全にADSL以上のブロードバンド回線でないとライブチャットはできなくなってしまいました。インしてもすぐ固まって落ちちゃうパフォさんや会員さんがいましたね。

DMMもそうですが、変り種のサイトが出現しました。

  • 沖縄出身のパフォだけを集めたサイト
  • 私はどうにも潜り込めそうにないフィリピン人(だけじゃないような)女性のパフォだけのサイト
  • ぽっちゃり女性ばかりを集めたサイト

大手が出揃ってしまいましたので何か特徴を出さないと生き残っていけませんよね。

この年の初めに老舗のガールズオンエアーが国内サイトとしてブランドリニューアルしました。
おそらくは今でも海外にあると思いますが、これでノンアダルトでは2WAYチャットに追加料金をとるサイトは無くなりました。
そのためかカメラマイクを持っている会員さんがどっと増えました。パフォはマイクがほとんど必須となってきましたね。
これがちょっとおかしなことをする会員さんを生み出すきっかけとなったのかなぁ?

今はあまり耳にすることはなくなりましたが『VIP会員』という制度を設けて、大口の会員さんを囲い込むことも一部のサイトでやっていたようです。
今も続いているのかな?

あまり流行ってはいないようですが、ぶろちゃSTICKAMのような個人営業のできるチャットシステムも出現しました。

2004年

国内サイトのオープンラッシュとなりました。
ノンアダルトの現在の大手どころが出揃いました。
BBチャットマシェリライブでゴーゴーの順番だったと思います。他にも現在安定して営業しているサイトは2004年にはオープンしています。

ミックスサイトや人妻サイトもこの年には出揃いました。
セカンドハウスマダムとおしゃべり館チャットピアの人妻御三家もこの頃からあったのですねぇ。

フラッシュ動画配信が一般的になってきて、自宅パフォを募集するためにwebカメラの無料配布やレンタルが行われだしました。
パフォ御用達の幻の名機といわれる?『Logicool Qcam Pro4000』が飛ぶように売れてなかなか手に入らなくなってしまいました。
ライブチャットで初めてチャットをするパフォさんを見るようになったのはこの頃からだったかな?
初めてチャットを経験する会員さんも馴染みやすいようにでしょうか、この頃オープンしたサイトは2ショット専用サイトとなっていましたね。もちろんサイトの回線の負荷を減らす目的もあったでしょう。後に運営が安定してからパーティチャットを導入していきます。

エンジェル系列も巻き返しを図るべく、フラッシュ動画配信のシステムに全面リニューアルを行いました。
DTI系列はさらにカリビアンコムガールがオープンしました。

この頃からブログのブームが始まったのかな?
もちろん以前からありましたが、今のように手軽に始められる無料レンタルサービスが一般に普及してきたのはこの頃だったと思います。
パフォさんの間でもブログを始める人が増えて流行りだしましたね。
それまではオープンなパフォ同士の交流って紹介サイトのようなところがほとんどでしたが、パフォが自分自身のホームページを持つことによってもっとお気軽に交流できるようになったと思います。

国内サイトが充実してきて、決済方法も銀行振り込みやウエブマネーが選択できるようになりましたし、報酬の振込みも半月に一度や日払いが可能になったりと、パフォにとっても会員にとってもライブチャットを始めやすい環境が整ってきました。

2003年

第一次のピークはこの年だったかもしれません。
私がパフォを始めちゃったのもこの年です。
この頃の画質ですとノートパソコンに埋め込まれているカメラで十分だったのですけどねぇ。
『ライブチャット』という言葉が定着しましたのもこの頃だったと思います。

フラッシュ配信でアダルトな無料待機映像が見放題ということでDXライブの人気はとどまるところを知りませんでした。
DXライブに牽引される形でライブチャットの認知度も上昇し、他のサイトも盛り上がりました。
この頃は視聴制限がありませんでしたので待機が10分続くと1000人近くの目玉ヲチされていることが珍しくありませんでしたよ。

ライブチャットというコンテンツがビジネスとして成立するという手ごたえを得たのか続々と新規にサイトがオープンしていきます。
夏ごろにDXライブの高級版のような形でEXショットがオープン。
エンジェルライブのノンアダルト部門としてエンジェルキッスがオープンします。
すぐにミックスサイトとなってしまいましたが、ノンアダルト部門はエンジェル東京という情報サイトがマシェリとして翌年ブランドリニューアルします。

ライブでチャットや後に吸収されるマイライブもオープンし、国内でフラッシュ配信を行うサイトが現れて人気が加速しました。
そしてあの最大の未払いを抱えたまま去っていったF-LIVEもオープンしたのはこの時期です。
レモンの系列のプレイガールもオープンしていたようです。
ですがまだ国内サイトはなかなか安定的な営業はできなかったようでした。
DTI系列の海外サイトの一人勝ち状態でしたね。

そう。DTI系列では追加料金が必要ですが2WAYチャット2ショットができるようになったのです。
それまではパーティチャットしかなかったのですよ。ですがパフォも会員も他所での多人数チャット経験者ばかりでしたので2ショットは全然流行りませんでしたね。
パフォがまだ少なかったこともあって、2ショットになると『何をしてたの?』とすぐ噂になりましたw

2002年

ガールズオンエアーはノンアダルト、エンジェルライブはアダルト、という形でよい棲み分けができていたのでしょうか、どちらも徐々に伸びていく動きでした。
私が初めてスカウトされたのがこの時期で、たまにサイトを覗いていたりしていました。
『チャットでお金をもらうなんてどうなのかなぁ?』
と思っていましたのですぐに登録しようとは思いませんでしたね。

ですがYAHOO!チャットから引き抜かれていく知人が何人か登録していきまして、彼女たちをヲチしながらYAHOO!チャットでお話しすることもありました。
『ただチャットするだけでお金もらうなんてずるいよね』
という意見があったのも事実です。
でも人気のあるパフォさんはお金をもらうだけのものがあったのでしょうか、サイトは潰れることはなく存続していきました。

ガールズオンエアーはこのころはまだ海外サイトポイントはドル立てでした。
エンジェルライブに触発されたのかどうか分かりませんが、アダルト行為をするパフォさんが出てきて荒れていた時期がありました。

エンジェルライブは少数精鋭といった感じなのでしょうか、次第に待機映像を見ることはできなくなっていました。

まだ日本全体でブロードバンド環境が整っていませんので、よくシステムダウンするトラブルがおきていましたね。

そして年末にガールズオンエアーからアダルト部門が独立するような形でDXライブがオープンします。
その通りの理由なのか分かりませんが、ガールズオンエアーのパフォや会員の間では『エロGOA』『E-GOA』が通り名となっていました。

ちなみにこの頃の還元率は30%でしたね。
分給はノンアダルトで約30円、アダルトで約50円だったのです。
ドル立てですので相場によって分給が変わってしまいます。ニュースの為替欄に毎日目を通すようになってしまいました。あは。

2001年

ふとしたきっかけからライブチャットの歴史を振り返ってみようと思ってしまいました。あは。
1年ごとにまとめてお送りしますぅ。
この頃私はライブチャットというものは当然知る由も無く、独自に調べた結果をお伝えしていきますので一部事実と違うところがあるかもしれません。
間違いを見つけたら教えて下さいね。

この年2001年がライブチャット元年と言えると思います。

年末頃に2つのサイトがオープンしました。
ひとつはエンジェルライブ。もうひとつはガールズオンエアーです。
この頃はまだライブチャットという言葉はありませんでした。女の子のライブ映像を配信するという点に重きをおいたコンテンツの性格だったようです。
私がこれらのサイトを見つけた時点でも無料待機映像は現在よりもずっとぼかされていて、ほとんどモザイクのようでした。

エンジェルライブの方は現在のようなフラッシュによる動画配信ではなかったので、自宅のパソコンでのパフォ活動はできませんでした。
スタジオのような場所からの配信でしたのでサイトの専属のモデルさんが出演してるのかなと思っていました。
チャットはすごく反応が遅くてタイピングしてから表示されるまで30秒くらいかかることもあったそうです。